1904年『一列談判(らんぱん)』1898年『一番はじめは 一宮』#坂の上の雲
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https://www.youtube.com/watch?v=pHQosfoTlFc&list=RDpHQosfoTlFc&start_radio=1
1904年『一列談判(らんぱん)』1898年『一番はじめは 一宮』#坂の上の雲
『一列談判(らんぱん)』は、1950年代頃までよく歌われていた東京の手まり歌。
4年前、職場のデイサービスで大正生まれのお婆さまからリクエストされた時、なんのことやらさっぱりわかりませんでした。
「一列談判」には、いろいろ解釈があるようですが、要するに外交交渉決裂の結果、日露戦争開戦。1904年のことです。
日露戦争:明治37~38年(1904-1905)は、わが国と帝政ロシアとが当時の満州(中国東北地域)と韓国(朝鮮)との支配権をめぐって対立し、明治27年(1904)から翌年にかけて闘いが行われました。日本が勝利した結果、わが国の大陸進出や韓国併合など、後の第二次世界大戦につながる流れを作っていったことは、歴史の証明するところであります。
明治や大正生まれの人々に唄い継がれるのなら分かりますが、昭和生まれの世代、それも太平洋戦争を終えた時代の少女まで虜にしていたのですから、何とも不思議です。
一:一列らんぱん破裂して
二:日露戦争はじまった
三:さっさと逃げるはロシアの兵
四:死んでも尽くすは日本の兵
五:五万の兵を引き連れて
六:六人残して皆殺し
七:七月八日の戦いに
八:ハルピンまでも攻め寄せて
九:クロパトキンの首を取り
十:東郷元帥万々歳
十一:万歳ばばんざい
十二:肉弾三勇士
十三:寒いは北海道
十四:四国の金毘羅さん
十五:御殿の八重桜
十六:ロウソク白いもの
十七:七士の討ち入りで
十八:浜辺の白兎
十九:楠木正成は
二十:二宮金次郎
【Special Thanks】
音源:
• 一列らんぱん
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「一番はじめは一の宮」
明治後期から昭和時代にかけて、全国で歌われていた手まり歌・お手玉歌のひとつ。
曲は明治時代に日本軍隊の指導のために来日したフランス人が作曲した軍歌「抜刀隊」のメロディーを借用したものであるが、リズムは手鞠歌によく見られるピョンコ節になっており、メロディーも歌いやすいように変えられていることがある。
歌詞は、口承による童歌のため、作詞者は未詳で、また、歌詞にいろいろなパターンがある。
一般に唄われていたものは、20行からなり、前半は数え歌形式で、この歌では、御利益のありそうな神社仏閣尽くしになっている。
後の10行は打って変わって、徳富蘆花の小説「不如帰」をモチーフにしている。本来は10行目までで終わりになっていたのが、1908年(明治41年)前後から「不如帰(ほととぎす)」が劇として各地で上演されることが多くなったのを受け、舞台を鑑賞した年かさの女児が、後を付け足したものと思われる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/一番はじめは一の宮
一番はじめは一の宮
二また日光中禅寺 東照宮
三また佐倉の惣五郎 宗吾郎
四はまた信濃の善光寺
五つは出雲の大社(おおやしろ)
六つ村々鎮守様
七つは成田の不動様
八つ八幡の八幡宮
九つ高野の弘法様
十は東京・泉岳寺
これほど心願かけたのに
浪子の病は治らない
ごうごうごうと鳴る汽車は
武男と浪子の別れ汽車
二度と逢えない汽車の窓
鳴いて血を吐くほととぎす
武男が戦争に行くときは
白い真白いハンカチを
うちふり投げてねえあなた
早く帰ってちょうだいね
【Special Thanks】
音源:
• 「一番はじめは」無伴奏女声(同声)合唱のための「7つの子ども歌」より
画像:
• 紙芝居 「お咲ばあちゃん数え歌」
小説『不如帰』(ほととぎす)
明治31年(1898年)11月29日から32年(1899年)5月24日にかけて國民新聞に掲載された徳冨蘆花の小説。のちに1900年1月出版されてベストセラーとなった。 なお徳冨蘆花自身は『不如帰』の読みとして、少なくとも後年「ふじょき」としたが、現在では「ほととぎす」という読みが広まっている。
片岡中将の愛娘浪子は、実家の冷たい継母、横恋慕する千々岩、気むずかしい姑に苦しみながらも、海軍少尉川島武男男爵との幸福な結婚生活を送っていた。しかし武男が日清戦争へ出陣してしまった間に、浪子の結核を理由に離婚を強いられ、夫をしたいつつ死んでゆく。
浪子の
あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ! 千年も万年も生きたいわ!
あ丶辛つらい! 辛い! ――最早もう婦人おんななんぞに――生うまれはしませんよ。
— 『小説 不如帰』 民友社 明治36年5月刊行、29版、366p
というセリフは日本近代文学を代表する名セリフとなった。
家庭内の新旧思想の対立と軋轢、伝染病に対する社会的な知識など当時の一般大衆の興趣に合致し、広く読者を得た。
作中人物にはモデルが存在する。しかしベストセラーとなったが故に、当時小説がそのまま真実と信じた民衆によって、モデルとなった人物に事実無根の風評被害があった。
浪子が夫の出征を見送る際にハンカチを振るシーンがあり、この小説をきっかけにハンカチは別れの小道具となった
https://ja.wikipedia.org/wiki/不如帰_(小説)
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